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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)272号 判決

原告

マメトラ農機株式会社

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和55年(行ケ)第272号審決取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

特許庁が、昭和55年7月29日、同庁昭和55年審判第1636号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2原告の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和39年11月21日に特許庁に出願した昭和39年特許願第65648号の特許出願を昭和46年1月31日特許法(昭和45年法律第91号による改正前のもの。以下同じ。)第44条第1項の規定により分割出願(昭和46年特許願第3459号、以下「原出願」という。)し、昭和50年9月1日出願公告(特公昭50―26443号)されたが、さらに、昭和50年9月4日、右原出願からの分割出願として、名称を「田植機における移植杆自動停止装置」とする発明(以下「本件発明」という。)につき特許出願(昭和50年特許願第107814号)したところ、昭和54年12月3日、拒絶査定を受けた。

そこで、原告は昭和55年2月14日に審判の請求をし、昭和55年審判第1636号事件として審理されたが、同年6月6日に改めて拒絶理由の通知があり、原告はこれに対して意見書を提出したが、特許庁は同年7月29日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は同年8月13日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

動力伝達機構により移植杆が一定の軌跡を描いて作動する動力田植機において、操作杆の作動により移植杆が上方にある際に動力伝達機構中の動力伝達装置が断たれ、移植杆が上方に停止するようにした機構を備えたことを特長とする移植杆自動停止装置。

3  審決の理由の要旨

本件発明の要旨は、前項のとおりである。

そこで、まず本件の出願日を何時まで遡及させることができるかについて検討する。

特許法第44条第1項に規定している「2以上の発明を包含する特許出願」の「包含された発明」とは、「特許出願に係る発明」を意味するものであり、この「特許出願に係る発明」とは明細書の特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明をいうものと解されるから、分割出願された発明はもとの出願の明細書の特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明でなければならず、これを要するに、適法な分割出願とはもとの出願の明細書の特許請求の範囲に記載されている発明の一部を分割して新出願とする場合に限ると解するのが相当である。

もつとも、もとの出願についての出願公告の決定の謄本送達前であれば、その明細書の発明の詳細な説明や図面に記載されている発明をも、改めて特許請求の範囲に記載するよう明細書を補正することも許される(特許法第41条参照)から、もとの出願の特許請求の範囲に記載されていない発明についても分割を主張して新出願とすることも許されようが、もとの出願についての出願公告の決定の謄本送達後に同出願についての分割を主張する場合にあつては、もとの出願の明細書についてはもはや前記のような補正は許されないから、もとの出願の明細書の特許請求の範囲に記載されていない発明についてはこれを分割して新出願とすることができないものといわなければならない。

ところで、本件についてこの点を考察すると、原出願の明細書の特許請求の範囲の記載は、

「クラツチを有する動力伝達機構により移植杆が一定の軌跡を描いて作動する動力田植機において、操作杆の作動により、動力伝達機構中に介在するカムと接触子が触れる状態となつて移植杆が上方にある際にクラツチが作動して動力伝達機構中の動力伝達装置が断たれ、移植杆が上方に停止するようにした機構を備えたことを特徴とする移植杆自動停止装置。」

であつて、そこに記載された発明は、「動力伝達機構がクラツチを有するものであること」及び「動力伝達機構中に介在するカムと接触子が触れる状態となつてクラツチが作動すること」を構成要件とするものであるから、本件発明のごとく、これらの点を構成要件とはせず単に「操作杆の作動により移植杆が上方にある際に動力伝達機構中の動力伝達装置が断たれ、移植杆が上方に停止する機構を備えた移植杆自動停止装置」がそこに記載されているとはいうことのできないものである。

そして、原出願が出願公告されたのは昭和50年9月1日であるから、本件が分割を主張して出願されたのは原出願の出願公告の決定の謄本送達後であることは明白であり、従つて、本件は適法な分割出願ということはできないので、その出願日は原出願の出願日まで遡及させることはできず、現実に出願した昭和50年9月4日をもつて、その出願日とすべきものである。

本件の出願日が前記認定のとおりだとすると、特公昭50―26443号公報は昭和50年9月1日に発行されたものであるから、本件の出願前に頒布された刊行物ということのできるものであり、しかも同公報が原出願の公告公報であるから、本件発明が同公報中に記載されている事実は明白であり、従つて、本件発明は特許法第29条第1項第3号の規定に該当し特許を受けることができない。

4  審決を取消すべき事由

審決は次の点で違法であるから取消されるべきである。

すなわち、審決は、特許法第44条第1項に規定する「2以上の発明を包含する特許出願」の「包含された発明」とは「特許出願に係る発明」を意味し、これは特許請求の範囲に記載した発明を指すものであると誤つて解釈し、「適法な分割出願とはもとの出願の明細書の特許請求の範囲に記載されている発明の一部を分割して新出願とする場合に限る」とし、かつ、本件は原出願の公告決定の謄本の送達後になされた分割出願であるから「もとの出願の明細書の特許請求の範囲に記載されていない発明についてはこれを分割して新出願とすることはできないものといわなければならない。」とし、これを前提として本件は適法な分割出願ではない、と判断して出願日の遡及を認めなかつた。

(1)  しかしながら、特許法第44条に規定する「2以上の発明を包含する特許出願」とは、「特許出願に係る2以上の発明」とか「特許出願に係る発明」ではない。

「2以上の発明を包含する特許出願」とは特許出願を構成する願書、明細書及び図面に2つ以上の発明が含まれている、の意味である。

しかも、特許法第44条及びその他の条文にも出願公告決定の謄本送達後における分割出願はもとの出願の特許請求の範囲に記載した発明に限る、という明文はない。

従つて、適法な分割出願とは、もとの出願の査定又は審決の確定前に、もとの出願の明細書や図面に記載された2以上の発明の一部を分割して新出願とする場合も含まれるのである。

(2)  この見解は特許制度という、発明を公開して産業界に新知識をひろめる代償として発明者に独占権を付与してこれを保護する制度からみても正しい。

発明者はその発明を公開することにより特許請求の範囲に記載した発明のみならず、この発明に関連して発明の詳細な説明の欄や図面により別の発明をも公開するのであるから、それらの発明をも分割出願することにより発明者に独占権を与えるべきである。

従つて、適法な分割出願とは、もとの出願の明細書や図面に記載した2以上の発明の一部を分割して新たな出願とする場合であつて、もとの出願の査定又は審決確定前であれば足り、もとの出願の公告決定の謄本の送達の前後を問わないと解すべきである。

第3被告の答弁

請求の原因に記載の事実は、すべて認める。

理由

1  請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

特許法第44条第1項の規定による分割出願において、もとの出願から分割して新たな出願とすることができる発明は、特許制度の趣旨に鑑み、もとの出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限らず、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識に有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されているならば、右明細書の発明の詳細な説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えなく、また、分割出願が許される時期は、もとの出願について査定又は審決が確定するまでであると解するのが相当である。

なお、特許法第64条第1項本文によれば、明細書又は図面の補正は、特許出願について査定又は審決が確定する以前であつても、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後は、特許法第50条の規定による通知を受けたとき、又は特許異議の申立があつたときは、同条の規定により指定された期間内に限り、特定の事項についてこれをすることができるとされているが、単に分割出願の体裁を整えるために必要な明細書又は図面の補正は、前記特許法第64条第1項本文の規定にかかわらず、これをすることができるものと解するのが相当である。

従つて、右と異なる見解により、本件は適法な分割出願とは認められないとし、このことを前提として本件発明は原出願に係る発明と同一であると判断した審決は違法であり、取消を免れない。

2  よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用は敗訴の当事者である被告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(杉本良吉 高林克巳 舟橋定之)

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